ペルチェ素子を用いた恒温槽の設計と制作
2012/08/03作成

ペルチェ素子とは、異なる物質の一対に電流を流すと一方から熱を奪い取りもう一方に熱を移動する、ペルチェ効果という現象を利用したものです。
ペルチェ素子は小型の車載用冷蔵庫等に組み込まれていますが、素子単体も秋月電子通商等で個人で購入可能です。
秋月電子通商等で販売されている素子は物質の対を複数個まとめたモジュールの形となっているため、適当な電源に接続するだけで冷却効果を体感できます。
またモジュールを複数個使用することで冷却効果を高めることもできます。
今回は秋月電子通商で販売されているTEC1-12708という最大8Aまで使用できるものを2個購入し、それを重ねて恒温槽(といっても後述の理由で温度制御が必要なくなったため単なる冷凍庫)を作りました。
ちなみにほぼ同じ構成の恒温槽の制作記録がこちらのページにもありましたが、こちらの方は期待した性能が出ずに断念したようです。

今回で第10回ということで、内容を普段以上に充実させたいと思い、恒温槽の設計についての話も書き加えました。
さらに高校生や非機械系学科の方にも手軽に設計できるように熱力学計算の説明を極力抑え、駆動電圧や熱抵抗等を入れるだけでおおよその性能が分かるExcelシート(TEC1-12708の2枚重ね専用)も用意しました。

まず設計ですが、ペルチェ素子を使って冷蔵庫等を設計する場合、電子的な設計よりも熱力学的な計算が重要になります。
ここで重要なことは以下の3点です。

まず1つ目は放熱側に取り付ける放熱器に高性能なものを選定することで実現します。
一般的に性能が高い順に、水などによる気化熱、水などによる液体冷却、放熱板とファンの組み合わせ、放熱板のみとなります。
その性能は熱抵抗という値で表すことができ、その値が低いほど素子から大気への放熱が行われやすくなるため高性能と言えます。

2つ目は容器の断熱性を高めることで実現します。
断熱容器は、単位体積での熱の伝わりやすさを表す熱伝導率が低い材料(発泡スチロール等)で、容器の表面積が小さく、厚さが大きく作られています。
その性能は熱抵抗という値で表すことができ、その値が高いほど大気から容器内への熱の流入が行われにくくなるため高性能と言えます。

3つ目は使用するモジュールの定格電圧において最大電流が流せる電源を用意することで実現します。
使用するモジュールによりますが、大抵の場合は12Vで10A程度までなので、デスクトップ型パソコン用のATX電源が流用できるでしょう。

今回は比較的簡単に手に入る材料を使って作るため、以下のものを用意しました。

TEC1-12708はペルチェ素子です。
これが無いと始まりません。

スタイロフォームは断熱容器の材料で、一般的な発泡スチロールより加工性と強度に優れ、熱伝導率0.04W/m℃という非常に低い値を持っています。
発泡スチロールや市販のクーラーボックスでも構いません。

SCNJ-3100は素子の放熱側に取り付ける放熱器で、少々値は張りますが、空冷式としてはオーバークロックしたハイエンドCPUを安定動作させるほどの高い冷却性能を持っています。
今回は液体を使えない環境だったため、仕方なく空冷にしましたが、液体冷却がお勧めです。
ただし液体冷却は自作の場合に計算が難しいためここでは扱いません。
また安物やCPUに付属のCPUクーラー等では冷却性能が不足することがあります。

SG-77010は素子や放熱器等の接触面に塗るためのグリスで、グリスの材料の熱伝導率が高いほど性能が高く、このグリスは8.2W/m℃という高い値を持っています。
このグリスの特徴は何と言っても価格当たりの内容量の多さにあります。

コルク板は素子の側面を覆うための断熱材で、スタイロフォームと違い、熱伝導率は約0.06W/m℃ですが、素子の最高温度である150℃に耐えられます。
ただし実際には放熱をしっかりと行うことで素子の温度が抑えられるので、最高使用温度が80℃のスタイロフォームや発泡スチロールでも代用できます。

アルミホイルは断熱容器の外側に貼る事で、容器の周囲の高温物体から放出される赤外線等を反射し、容器が加熱されるのを抑制します。
しかし断熱容器や放熱器と比べて効果が小さいので無くても問題ないと思います。

スキマテープはクッション性のあるテープで、断熱容器とその蓋が接触する部分に貼ることで気密性を高めます。
ただし完全に密封すると蓋が開かず、また構造的に完全な密封は不可能なため、こちらも容器内の空気が大量に漏れない限り必要ありません。

KT-S550-12Aはデスクトップ型パソコン用のATX電源で、12Vで40Aまで出力できます。
今回の装置では効率を気にしなければ大抵のATX電源が使用できます。

2mm厚のA5052板の切れ端は40mm角に加工し、スペーサとして使用しました。
A5052の熱伝導率は約137W/m℃ですので熱をよく伝えることができます。

適当な放熱板は吸熱器の吸熱板として使用しました。
多分秋月電子通商で以前購入したもので、ファン無しの熱抵抗は5℃/W程度でしょう。
吸熱側は放熱側ほど性能を気にする必要が無く、性能を求めて大きなものにしても容器内の空間が減るため、適当な放熱板とファンを組み合わせました。

適当なファンは吸熱器の吸熱板に取り付けて使用しました。
こちらは以前パソコンパーツを分解した際に入手したものです。

ここから設計についての話をします。

模式図

上の図は今回設計する恒温槽の模式図です。
断熱容器内の熱を吸熱器によりペルチェ素子まで伝え、2枚のペルチェ素子で強力に熱を移動させ、移動された熱を放熱器により大気中へ拡散します。

熱の移動のしやすさは熱抵抗という値で表すことができ、簡単に言うと、容器内と外部の温度差を大きくするには、放熱側では値を小さく、吸熱側では値を大きくすればよいのです。
以下、その値の求め方について説明します。

まずは放熱側から設計します。

放熱側の中でも一番重要なものが放熱器で、これが恒温槽の性能の大部分を決めると言ってもよいです。
放熱器は熱抵抗が小さいものを使用すればよいのですが、その値が不明な場合が多く、とにかくやってみるしかないのが難点です。
基本的に放熱器が大きいほど熱抵抗が小さくなり、目安として、ファンと放熱板が一体になった一般的なCPUクーラーの場合、ファンの回転速度が最大の時、放熱板の外形を覆う体積(包絡体積)が500ccで約0.22℃/W、1000ccで約0.15℃/W、1500ccで約0.12℃/Wとなるようです。

さらに放熱側で素子に放熱器を取り付ける時、断熱容器や配線等との干渉を避けるために素子と放熱器の間にスペーサを挿入する場合があります。
スペーサは熱抵抗が小さいほど高性能で、一般的には熱伝導率が高いアルミニウムや銅の板で出来ています。
熱抵抗はスペーサの厚さの面積と熱伝導率の商に比例しますので、厚さは必要最小限にします。
TEC1-12708に合う40mm角のアルミニウムの板の場合、厚さ1mm当たり約0.0026℃/Wになります。
ただしホームセンター等で売られている普通のアルミニウム板とはアルミニウム合金のA5052を指すため、熱伝導率が純アルミニウムより低く、熱抵抗は厚さ1mm当たり約0.0046℃/Wになります。

放熱器とスペーサおよびスペーサと素子の間には熱伝導グリスを塗る必要があります。
グリスは適切な量を塗ってください。
多すぎても少なすぎても熱が伝わりにくくなり、性能が低下します。
グリスの熱抵抗は、目標の接触面積と厚さになりにくく、事前に計算することが困難なため、1箇所当たり40mm角で約0.01℃/Wと考えてよいでしょう。

さらにペルチェ素子がモジュールになっているため、モジュール表面のセラミック板の熱抵抗が加わります。
詳細は不明ですが、アルミナが主成分で厚さが約0.6mmであることから0.02℃/W程度として計算します。
やすり等でセラミック板を削れば熱抵抗は下がりますが、非常に脆いため加工しない方が無難です。

放熱側の熱抵抗は、それぞれ放熱器、スペーサ、グリス、セラミック板の熱抵抗の値を合計したものになります。
したがって包絡体積1000ccのCPUクーラーと厚さ4mmのアルミニウム製スペーサを使用した場合、放熱側の熱抵抗は0.20℃/W程度と見積もることができます。

次は吸熱側を設計します。

断熱容器は熱抵抗の大きいもの使用すればよく、熱抵抗は容器の厚さの面積と熱伝導率の商になります。
容器の形状は複雑になる場合が多く、簡単のために容器の内側と外側のおおよその表面積の平均値で近似計算しても問題ありません。
例えば外形の一片が200mmの立方体で厚さが20mmのスタイロフォーム製の容器の場合、外側の表面積が0.24m^2、内側の表面積が0.15m^2、平均値が0.20m^2、熱伝導率が0.04W/m℃なので、熱抵抗は2.5℃/Wとなります。

素子の吸熱側にも吸熱器(容器内から熱を奪うための放熱器)を取り付け、さらに素子と吸熱器の間にグリスを塗りますが、これらの熱抵抗は断熱容器に比べて小さいので無視して構いません。
容器内の対流による熱伝達について、吸熱器がCPUクーラーの場合、十分に空気が拡散されるものとして熱抵抗は無視できます。
容器の外側の表面での外気との熱伝達について、表面積が十分に大きいので熱抵抗は無視できます。
また、これらの要素は容器全体の熱抵抗を増加させるので、無視することで性能を低く見積もることになるという観点からも、無視しても問題ないと言えます。

最後に電源電圧の設計をします。

素子を1枚だけ使用する場合は定格(TEC1-12708は定格12V)かそれより少し低い電圧で使用すると冷却性能を最大化できます。
素子を2枚以上重ねて使用する場合、素子ごとに与えるべき電圧は異なります。
性能を最大化するためには複雑な方程式を解く必要があるため割愛しますが、今回のように2枚重ねで使用する場合、放熱側の素子が12Vの時に吸熱側の最適値が5V程度となるため、そのまま12Vと5Vが出力されるATX電源が適しています。

Excelシートで設計する場合、各種寸法、高温側(放熱側)と低温側(吸熱側)の素子の入力電圧、周囲温度(気温)を入力してソルバーを実行すると、低温側の温度(長時間動作させた場合の容器内の温度)や消費電力(ファン等は含まない)等の各種性能の予想値が表示されます。
ただしこのExcelシートは素子を2枚直列に配置した場合以外では適用できません。
また、かなり近似的に計算しているため、恐らく気温は20℃から40℃程度、容器内の温度は-10℃から10℃程度、入力電圧は4Vから16V程度の範囲でしか正常に計算できないと思います。

設計の話はここまでで、今回実際に制作した恒温槽の説明に移ります。

恒温槽

恒温槽の全体の写真です。

ユニット前面

放熱器、ペルチェ素子、吸熱器を組み合わせたユニットの写真です。
これを断熱容器の蓋に差し込んで使用します。
素子はコルクの部分の内側に取り付けてあります。

ユニット側面

こちらはユニットを横から撮った写真です。
放熱板がかなり大きいことが分かります。

断熱容器

断熱容器の写真です。
断熱容器はスタイロフォームで組み立て、木工用ボンドで継ぎ目を接着し、外側をアルミホイルで覆いました。
蓋の中央にはユニットの吸熱側が差し込めるように穴をあけてあります。

断熱容器内部

断熱容器内部の写真です。
蓋との接触面にはスキマテープを貼りました。

仕様は以下の通りです。

設計値
ペルチェ素子TEC1-12708 2枚直列
放熱器SCNJ-3100
スペーサA5052 40mm長40mm幅2mm高
熱伝導グリスSG-77010
放熱側熱抵抗約0.15℃/W
断熱容器スタイロフォーム 外形190mm長245mm幅180mm高 40mm厚
吸熱側熱抵抗約5.5℃/W
実測値
容器内温度約-4℃(周囲温度32℃時)
消費電力約69W(恒温槽単体、ファン含む、電源含まず)

室温32℃の環境下で庫内を-4℃まで下げることができ、温度差36℃を達成しました。
時間と電力がかかるものの、夏場でクーラー無しの室内でも氷を作ることもできました。
本当は-10℃くらいまで調整できるような恒温槽を作りたかったのですが、これが限界ということで、現時点では飲み物の一時的な冷却程度にしか使っていないため温度制御を行うまでもないようです。
-10℃が実現できるくらい涼しくなってから温度制御回路の設計を行おうと考えています。
多分単純なPID制御とPWM出力になると思いますので、あまり期待しないでください。
とりあえず今の仕様だと秋月電子通商の温度コントローラは最大出力も時間軸分解能も不足しているため、自作するしかなさそうです。


目次 質問フォーム Q&A このサイトについて トップページ